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なぜ日本へ
私が初めて来日したのは、サンクトペテルブルグ少年少女合唱団のメンバーとしてでした。
当時の私は13歳でした。
この来日の際、日本の多くの都市を訪ね、美しいお寺やお城を見ることができました。

また、2日間のホームステイプログラムがあり、群馬県に住むホストファミリー宅で過ごしました。
ホストファミリーはとても優しく、明るく素敵な方々で、このプログラムのおかげで、日本人の方々と初めて文化的な交流ができました。 この経験から、日本語を学ぶことを通して日本の人達と直接会話ができるようになりたいと思うようになりました。

帰国してから、自分の目で見た物事をもう一回確かめたいと思って、日本の書籍を探したところ、 古事記、枕草子、徒然草、蜻蛉日記、保元物語などは幸いもロシア語に翻訳されていました。
これらの古典文学を読み漁り、古典文学を通して日本文化について学びました。
その中でも一番興味を持ったのは「近松門左衛門」の作品でした。

ちょうどその頃、サンクトペテルブルグで日本センターがオープンしたので、頻繁に通って、文楽や歌舞伎のDVDを見たりもしました。

そして、2000年に大学の東洋学部に入り、日本語・日本文化を選考しました。
私にとって日本に来るという選択は他の生き方が考えられないほど自然なチョイスとして感じられてきました。

日本に2回目に来たときは2002年で、名古屋大学の語学コースに入りました。
先生方のご指導のおかげもあって、日本をよりよく知るようになり、より深く好きになっていきました。

でも、日本での生活は最初から問題がなかったわけではありません。
いくら日本文化がわかったつもりでいても、想定外のシチュエーションが山ほどありました。

例えば、卵を黒く煮込んだ味噌うどん。

これはどうしても食べられず、反動で、ロシア料理が食べたくなってしまいました。(笑)

それから、夏がとても暑いので、冬はそんなに寒くはないだろうと高をくくっていました。

実際に冬が来て、エアコンの暖房をオンにしても、全然暖かくならず、何回も風邪を引いてしまいました。
というのも、ロシアの建物は、集中暖房システムでとても暖かいのですが、日本の暖房はそれに比べるとさほど暖かくないのです。

ちょっと驚いたのは、どこに行ってもアナウンスメントが多いこと。

くどい位の車内アナウンスを、最初はうるさいと思いましたが、気がづいたら、日本語の勉強にいい練習になっていました。(笑)

他にも違和感を感じることは多々ありましたが、日本の文化に慣れ親しむうちに、自然と受け入れるようになっていき、気づいたらもう6年目に突入していました。友達も沢山でき、とても楽しい毎日を送っています。

日本で観察したことを元に、日本文化についての本を、大学の友人と一緒に2006年に出版しました。
左の写真の本がその本です。

『一味違う 日本ガイドブック』
(内容は全てロシア語)

今後も続編を出版する予定です。

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